演出の真心

演出の真心


一年あまりの不登校を経てまた少しずつ学校に行き始めた中2の夏休み明け、放課後の廊下で美術の中堂先生に宿題の絵を手渡した。
ドーム型の水槽の中に夕焼けの草原が広がっていて人や動物がおり、外では魚が宙を泳いでいるというものだった。

先生は賞状みたいに両手を前に伸ばしてそれを眺め、「めっちゃうまいやんか」と褒めてくれた。
絵を描くのは好きだったけれど、あくまで「裏紙のおえかき」レベルであることは謙遜抜きに自覚していたので、その言葉はこそばゆかった。先生はどちらかというと感情がストレートに表に出るタイプではなく、いつも表情や声音をコントロールしているように見えていた。その「めっちゃうまいやんか」もストレートな称賛の精一杯の演出に聞こえたけれど、でもだからこそ、不登校明けの僕を勇気づけようという先生の真心がまっすぐに伝わってきた。それはあるいは絵を褒められること以上に心強く嬉しいことだった。

先生はその後思いがけなく早逝された。
いま、窓から射す冬の光の下で絵を描いていて、まっすぐに伸びる放課後の廊下と先生の手と「めっちゃうまいやんか」の響きを前触れなく思い出した。