絵筆を手に取る前に

絵筆を手に取る前に


2015年、週末の一泊旅行で訪れた東伊豆の河津町で釣ったニシキベラ。資料のために過去の写真を見返していて目に留まった。

関東以南の太平洋側岩礁域の釣りではこの魚がうんざりするほど多い。餌を齧り取るのがうまく、釣り上げると身をくねらせての大暴れで大人しくしない。だから今では半ば義務感でカメラを向けることになるのだけれど、この写真からはそういうおざなりな気配を感じない。

当時はまだ東京で会社勤めをしながら絵を描いていた。待ちわびた週末、電車を何時間も乗り継いだり、電動式でないレンタサイクルを何十キロも漕いでの釣行だった。魚との出会いのひとつひとつに対するかじりつくような熱意と感動が、写真に自然と表れているように思った。

「昔ほどには感動する心を持っていないんじゃないか」あるいは「感動を掘り起こして形にする真摯さが薄れているのではないか」、自らへの疑念が怖い。画具を手に取るよりも前にまず、自分の心の中にあるものをきちんと呼び起こして、それを動力源にしようと改めて思った。

同じ頃釣り上げたムラソイ。えらを傷つけて出血させてしまったので、食べるために持ち帰ろうとバケツに入れた。もし回復したら海に還そうと思って何度も覗き込みながら自転車を漕いだけれど、結局駅前のコンビニで買った氷と保冷バッグとともに電車に乗り込んだ。バッグの中でいつまでもバタン、と身を振る感触があった