イシガキパイヌキバラヨシノボリとゴルフリゾート開発に思うこと

イシガキパイヌキバラヨシノボリとゴルフリゾート開発に思うこと


石垣島で進められようとしている大規模ゴルフリゾート開発に異を唱え、市民団体が中心となって石垣市を提訴した「石垣島カンムリワシ『自然の権利』訴訟」。その資金調達のためのクラウドファンディングに、返礼品を提供する形で協力しています。

● クラウドファンディングページ:石垣島カンムリワシ「自然の権利」訴訟に力を貸してください!
● WWFジャパンによる告知:アマミノクロウサギからカンムリワシへ

開発によって生息地への深刻な影響が危惧される石垣島固有の希少亜種、イシガキパイヌキバラヨシノボリの絵を描きました。
美ら海水族館のバックヤードにて飼育・繁殖されている個体を特別に見せていただき、モデルとしています。
● 島の名前がつけられたハゼの未来
● 絶滅の淵にいる魚を救う~沖縄美ら海水族館訪問

クラウドファンディングの返礼品として出品した額装原画

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イシガキパイヌキバラヨシノボリは、「キバラヨシノボリ」と呼ばれるハゼ科の魚の中の一亜種です。

「~と呼ばれる」という少し回りくどい言い方には理由があります。キバラヨシノボリは琉球列島に生息するヨシノボリの仲間ですが、その系統や種の定義はいまだすべてが明らかになっているわけではありません。

確かなのは、南日本を中心により広範に生息するクロヨシノボリから進化・種分化したということです。
クロヨシノボリはその生活史において川と海とを行き来する両側(りょうそく)回遊魚ですが、地形の変化によりその往来ができなくなった(=陸に閉じ込められた)個体群の一部が適応し、長い時を経てキバラヨシノボリになりました。

ここに大きな不思議があります。
本来、海と行き来するクロヨシノボリが陸に閉じ込められ、キバラヨシノボリに進化した。…ということは、現在各島に生息するキバラヨシノボリは、それぞれ閉じ込められた環境で別個に生まれてきたということになります。

島内のとある河川上流部。こういった小さな滝をいくつもいくつも越えて遡ったところでキバラヨシノボリが見られるのではと思い、水中撮影の用意をして歩いた
撮影時、これぞイシガキパイヌキバラヨシノボリでは!?と思った個体。結局、残念ながらこれはクロヨシノボリとの見分けがつかなかった

2012年の報告では、西表島の各滝上のキバラヨシノボリ間に遺伝的な類縁関係がない、つまり個々の滝の上流で独立して進化が生じたとされています。
● 西表島の希少淡水魚「キバラヨシノボリ」の滝による平行進化について解明

また2020年には、キバラヨシノボリが琉球列島全体で5回にわたって進化したことが判明しています。
● 大きな島で種分化が起きやすいことを解明-「キバラヨシノボリ」は琉球列島で5回誕生した-

それぞれがその置かれた環境下で別個に進化したにもかかわらず、琉球列島の各島には非常によく似た形態、色彩、生態を持つキバラヨシノボリが存在している。その不思議を思うと、ひとつひとつの命が積み重ねてきたであろう膨大な冒険とその舞台となった島々の環境、そしてそこに流れた果てしない時間とに思いが及び、畏敬の気持ちを禁じ得ません。

2022年の論文で新亜種として記載されたイシガキパイヌキバラヨシノボリもそのようにして生まれ、石垣島の小河川に命をつないでいます。
● 琉球列島八重山諸島から得られたハゼ科ヨシノボリ属魚類の2新亜種を含む1新種(英語)

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今回のリゾート開発予定地の中に、イシガキパイヌキバラヨシノボリの数少ない生息河川のひとつがあります。
魚が好きな私は、ここでかれらの命運が尽きることが残念でなりません。

ただ、あくまでそれは私の個人的な感情です。開発推進で誰かの懐が一時的に豊かになることよりも、小さなハゼの未来を優先しようと声を上げるには公益性のある理由が必要だと理解しています。

この10年あまりですっかり浸透した(と信じたい)生物多様性の概念は、その「公益性のある理由」の数々をひとことで表すものです。豊かな生態系を有する名蔵アンパルの上流部を切り削って大規模なリゾート施設を建設し、膨大な地下水を汲み上げ、農薬を散布することが生物多様性に悪影響を及ぼすのはまず間違いないと言っていい。

それでもなお、生物多様性の保全による公益以上に誰かの(ごく一部の誰かの、であることは強調したいと思います)生活が潤うことの方が大切だ、という気持ちも理解できないではありません。自然環境を犠牲にしてでも明日の懐を豊かにしたいというのは、時代に逆行しているとはいえ人の根源的で切なる願いであるとも言える。そのような願いには向き合い、解決策を見出す対話が必要であると思っています。

しかし私が沸き立つような怒りを覚えるのは、そのような願いそのものにではなく、ごく一部の人間のそれを叶えるために法律や適切なプロセスをうやむやにしてはびこる「大人の事情」めいたものの厚顔に対してです。

今回の開発予定地は一部に「石垣市民の森」という市の公有財産を含みますが、それが地方自治法に違反して特定の私企業に「無償で」貸与されようとしている。
また本計画のために実施された環境アセスには大いに問題があることが第三者のみならず沖縄県知事からも指摘されていますが、事業者は求められた対応をせぬまま許認可申請を進めています。
これらの事実については、対話だの解決策だの言っている場合ではなく即時闘わねばならぬものだと思います。
クラウドファンディングの返礼品というごく間接的な形ながら、私が本件に携わらせていただいたのはそういう思いからです。

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返礼品のうち、イシガキパイヌキバラヨシノボリの原画については既にご支援のお申込みをいただいておりますが、同原画をもとにしたB5サイズのカードや既刊のブックレットは数量に余裕があります。ご興味をお持ちいただけましたら幸いです。

本件に関するWWFジャパンの記事もぜひお目通しくださいませ。
● 石垣島の大規模ゴルフリゾート開発計画 5つの問題点
● 環境アセスの意義を問う
● 山と海をつなぐ水の恵みを絵にする~石垣島
● 日本最南端のラムサール条約湿地「名蔵アンパル」をまもろう

(おわり)