知識と体験を行ったり来たりする
福音館書店さま『こどものとも 年中向き』1月号、折り込みふろくの「絵本のたのしみ」に寄稿させていただきました。
「こどものころに出会った本」というコーナーです。
そのタイトルの通り、子どもの頃に出会った印象的な本をご紹介するということで、『怪獣のふしぎ』を選びました。
小学館さまの「全国子ども電話相談室」シリーズの学習まんがです。1979年の本で、もう絶版のようです。
よく「何をきっかけに魚好きに?」と質問していただくのですが、ときどきこの本のことをお話しします。
ネッシーとか雪男とかツチノコみたいな「UMA(未確認生物)」を紹介する本なのですが、面白いことにそういった未確認生物と区別なく並列で、チスイコウモリやコモドドラゴンやダイオウイカといった「実在は自明だけどちょっと怖い生き物」も紹介されていました。
そこでピラニアも挙げられていて、子どもの頃の僕はピラニアをどこか想像上の生き物のように感じていたのですが、ある日百貨店の屋上のペットコーナーで売られているのを見てすっかり惚れ込んでしまったのでした。
この『怪獣のふしぎ』のことを、長らく「UMAと実在の生物がごっちゃに紹介されている、昔らしいハチャメチャな本」だと思っていました。
が、今回「こどものころに出会った本」を書くにあたってよくよく考えてみると、それは実に巧妙な仕掛けだったのではないかと思うようになりました。
つまり、両者を混在させることによって、UMAには「これも存在するかもしれないぞ」というリアリティを、実在の生物には「こんなの本当にいるんだ!」というロマンを、それぞれ与えていたのではないかと。
UMAはさておくとしても、私たちがこの世界に感じる好奇心というものは、こうして知識と体験とが交叉するところに生まれると思うのです。
知識の世界、頭の中の世界はどんどん広がるけれど、そこにまだ手触りはない。体験することによって、それが現実の広がりをもった世界になる。
一方で体験の世界は広がりに限界があるし、手触りはあっても理解できていないかもしれない。そこに知識が与えられることで広がりの制限は取り除かれ、手触りに理解がともなうようになる。
僕はその、知識と体験を行ったり来たりする楽しみに魅せられて魚を追いかけていますが、その原点の少なくとも一端は、一見ハチャメチャに見えたこの本が与えてくれたのでした。
本書の入手は難しいかもしれませんが(僕ももう手元にないのです)、「知識と体験の交叉」という観点では極上の一冊をご紹介します。
『木をかこう』ブルーノ・ムナーリ、須賀敦子訳、至光社。
ムナーリが木を描くための目の付けどころを教えてくれる本なのですが、これを読めば外に出ていろんな木を見てみたくなり、いろんな木を見ればこの本に立ち戻りたくなる。
まさに知識と体験の交叉の喜びに満ちた本です。
ちなみに『怪獣のふしぎ』では、シーラカンス発見にまつわる当事者たちの驚きと興奮の描写が特に印象に残っています。
それに立ち会うことができた時代の人々は幸せですね。
本書には「これを『ラティメリア・カルムネ・スミス』と名付けよう!」という台詞があり、命名者も名前に含めてしまってるってことか!とだいぶ後になって気がつきました。