「好き」を見つけ、発信し、認められること(あくあぴあーと さかなずかん/2013年)
「夏休みの宿題で作った文房具図鑑がすごい」小学生がネットで話題になっていましたが、ご覧になりましたでしょうか。こちらです。
オール手書き、柔軟で実のある発想に満ちた読みごたえ最高の100ページ、定価3兆円(+税)という面白さは言わずもがな。この記事を見ていて何よりいいなあと思うのは、「これが好きだ!」という熱い思いを彼がごく自然に表現できており、周囲がそれに「面白い!」と喝采を送っている、この構図です。
ここに至るにはいろんなハードルがあります。
まず、こんなに熱中できる「好き」を持つこと自体が意外に難しい。
次に、この「好き」を「好きだ!」と臆することなく発信するのが難しい。
そして、受け手にとっては他人の「好きだ!」に素直に興味を持つのが案外難しい。
これらのハードルを乗り越えて自らの「好き」を受け入れられていることは、小学生の彼にとってとても嬉しく、自信を持てる体験だと思います。そして人から認められたという嬉しい経験は、今度は他の人を認めようという大らかな好奇心にもつながります。
私自身、そういう経験があります。
中学1年生になって環境の変化に馴染めず、早々に不登校になってしまったのですが、2年生の夏に美術の先生に魚の絵を褒められたことは、再び学校に通い始めるにあたってとても大切な自信になりました。当時「リハビリ」として放課後遅い時間に少しずつ登校していたのですが、陽射しが傾いた廊下で先生が「うわぁ、めっちゃうまいやんか!」と褒めてくださったことは今でも心に残っています。そのお礼をお伝えすることのないまま、先生は数年後に急逝なさるのですが。
誰もがこうして無邪気な「好き」を心の内に持ち、それを素直に発露し、お互いがそれを認め合うことで自信と勇気を持てるような社会になるといいなと思います。
***
2年前の秋のことになりますが、小学4年生の児童たちと一緒に絵を描く特別授業の講師をする機会に恵まれました。
中高の先輩で、現在は大阪府高槻市で中学校の美術教諭をされている小林大志さんが、自ら実行委員として携わり続ける「高槻アート博覧会」の一イベントとしてお声がけくださったのです。
企画タイトルは「あくあぴあーと さかなずかん」。
市内の自然博物館「あくあぴあ芥川」で魚について学んだ児童たちが、同じ日の午後にお絵描きにチャレンジしようという取り組みです。
ここでの私なりの狙いは、絵をうまく描くことや魚の体のつくりについて学ぶことではありませんでした。自分の「好き」を見つけ、それを表現し、友達と認め合う。そのトレーニングを、魚の絵を題材にできればいいなと思い、特別授業の冒頭でスライドを使って皆さんに説明しました。
あくあぴあーと さかなずかん(高槻アート博覧会2013) from Yusei Nagashima
自分が小学4年生のころを思い出すと確かにそうなのですが、4年生って本当にもう大人の思考力を備えていて、こちらの言うことはしっかり理解できるし、やりとりの中で「空気を読み」つつ発言するんですね。
そんな「小さな大人」のみんなと一緒に絵を描くのはとても楽しい体験でした。
実際に絵を描き始めてみると、やっぱり「好き」を見つける云々よりも、いかに見本の通りに描くかに集中してしまいましたが、それで十分。ここの色はどうやって作るんですか?とか、ここはどうやって描けばいいですか?という質問の嵐で、みんなの間を歩いていると昔ばなしの「船幽霊」みたいにただひたすら手が伸びてきて洋服を引っ張るという状態でした。質問をしない、どちらかというと引っ込み思案な子も、話しかけてみると自分なりにいろいろ悩んだり満足したりしながら描いている。その向上心というか探究心をとても心強く感じました。
…ということで、授業は当初の狙い通りとはいきませんでしたが、後日「あくあぴあ芥川」にみんなの絵を展示した模様を送っていただきました。
いい出来です。
こうして何かを表現し、他の人に見てもらった体験が、かれらの人格形成の上でいい自信をもたらしてくれているといいなと思います。文房具図鑑の記事を見て、そんなことを思いました。