私たちは禁欲を求められているのではない
ラムサール条約指定湿地である石垣島の名蔵アンパル。その上流部で大規模なゴルフリゾート開発が行われようとしています。
この計画に異を唱える訴訟のためのクラウドファンディングが昨年秋に行われ、私も返礼品のために絵を描かせていただくなどしました。
再考を求める一連の運動に関連して、「カンムリワシの里と森を守る会」が主催する講演を聞きに行ってきました。
私は遅刻して途中からでしたが、主に下記の2点について聴講しました。
●石垣島の「ユネスコ世界ジオパーク」認定を目指すアイディア
●ゴルフリゾート計画に異を唱える訴訟の争点と今後
いろいろと考えるところがありましたが、私が思考の出発点にしたいのは同訴訟で弁護団団長を務められている籠橋隆明さんの以下の言葉です(精確に記憶しているわけではないので意訳的な改変があります)。
「保護活動は『保護活動だから』という理由で共感されるのではない。活動の向こうに見える景色、活動によって実現されるであろう世界像が共感を生むことで広がってゆく」
これはあらゆる社会活動において非常に重要な指摘だと思います。
環境保全の話題には無関心、あるいはネガティブな反応が寄せられることが多々あります。
「今のままで100年後も地球は安泰」とは誰も思っていない。にもかかわらず、改善しようとする動きに拒否反応が生じるのはなぜなのか。
それはひとつには、環境を守るということが非常に禁欲的でガマンを強いる、つまりその向こうに見える暮らしが魅力的に思えていないことが挙げられると思います。
確かにこれまで好き放題やってきたのが抑制されるとなれば、今ほどには楽しくないんじゃないかという予測が成り立ちます。
しかし、本当にそうでしょうか。
欲望はたしかに発展の動力源ですが、それに短絡的に従うことが必ずしも望ましい結果をもたらさないことは歴史によって示されています。植民地支配や奴隷制度は欲望の増長の結果ですが、そのような搾取を克服した社会の方がよりよいものであることに異論はないでしょう。身近なところで言えばセクハラなどもそうです。
つまり「好き放題」をやめたからといって、禁欲的で魅力のない社会になるとは限りません。むしろ上に挙げたように、そのような欲望を克服することで、より心地好く生きやすい社会が実現されてきた歴史がたしかにあるのです。
これは保全側としても当然意識している点であり、現在活動されている方の多くは「禁欲」に主眼を置いていないように思います。つまり「経済発展を諦めて環境を守ろう」というのではなく、「経済発展と環境保全を両立させていこう」という考えです。今回の講演もその主旨が貫かれたものでした。
その向こうに見えるのは今より魅力的な社会です。どうやら私たちは「安心して」保全へと舵を切っていいようです。
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また、ここにもう一つ重要な論点があります。
好き放題で楽しそうに見えていた欲望は、しかし「誰の」ものだったのか?という問いです。
先に挙げた植民地支配も奴隷制度もセクハラも、その欲望は搾取側の一部の人間のものでした。仮にそれが実現されたとて汎人間的な利益はもたらしません。
今回のゴルフリゾート開発についても、算出・提示された経済効果には重大な問題点が指摘されており、その一つが「利益を得る人と損失を被る人の解離」です。
あたかも島を潤すかのように提示されている経済効果ですが、端的に言えば実態は「事業者であるユニマット社が儲け」、「膨大な水をはじめとする資源消費や環境汚染による損失は島の人間と自然がかぶる」のです。
経済効果もそれへの欲望も、「島のもの」ではなく「事業者であるユニマット社のもの」です。
先日、暮らしの実態とあまりにもかけ離れた「日経平均株価の市場最高値更新」という出来事がありましたが、複雑になりすぎた私たちの経済システムは、時として一部の人間の欲望と潤いを社会全体のそれであるかのように示すことがあります。私たちはそのことに慣れてしまっていますが、今一度「誰の欲望なのか」「誰への経済効果なのか」を慎重に見極める必要があると思います。
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先に挙げた通り、今回の講演では石垣島の自然を傷つけることなく持続的に利用してゆくアイディアとして「ユネスコ世界ジオパーク」認定を目指すことが提案されました。
国内でも類を見ず多様な地質を有する島であることに加え、海中においては世界的に稀な規模での沈水カルストを擁しており、それらが独自の豊かな生態系を育んでいる。地質・生態系の両面において貴重な「エコ・ジオパーク」として島をアピールしようという説得力あるものでした。
現在日本に10地域あるユネスコ世界ジオパークに関して、認定による経済効果を継続的に評価している情報は少ないとのことでしたが、持続可能な経済活動の礎としうる点において、ごくわずかな一部の人間を短期的に利するゴルフリゾート計画に代わる前向きな可能性があると感じます。
このように、その向こうに魅力的な次の社会が浮かぶ活動を先導してくださる方々に深く感謝しながら、私も自身の能力をもって貢献していきたいと思っています。