深夜、干潮の海の生き物
三日連続で深夜の海を歩いてきた。
一年を通じてもっとも潮位が下がる冬の大潮の夜の干潮。そこでの海歩きは毎年楽しみにしていることだけど、今シーズンはなかなか都合がつかず終盤になってようやく迎えた初めてのチャンスだった。風雨ともにあってベストな状況ではないけれど、レインウェアを羽織って出かけることにした。
浜に出ると波の音ははるかに遠く、懐中電灯を向けると驚いた小魚がひたひたの水たまりに波紋を立てる。
せっかくならできるだけ遠く、サンゴ礁の外縁にまで足を延ばしたい。大潮は大きく引く分大きく早く満ちるから、潮が上げに転じるまでの時間との勝負になる。浅瀬を歩きながら沖へ沖へと気持ちは急くけれど、照らす光に魚の姿が浮かぶたびにしゃがみ込むのでなかなか先へ進まない。
腰をかがめて魚を追っているうちに方角を失う。特に今回は新月の大潮なので月明かりがなく、懐中電灯で瞳孔が閉じると大きな地形が見えない。気がつくと浜へ逆戻りしていることもある。
いつもは釣竿を持って歩くのだけど、今回は狙いを小魚に絞って手網しか持たなかった。針には掛からない口の小さな魚や、餌に興味を示さない藻食性の魚を新鮮に感じる。釣りでは珍しい魚だと思っていたのが、この三夜であっさり見られたものもあった。
大きな魚が入って来られない浅瀬では、魚たちが思いがけないほど無防備に眠っている。いずれもぼんやりしているうちに網に収まった幼魚や稚魚たち。
目を引いた無脊椎動物たち。時計を気にする中でつい魚以外はスルーしてしまうけれど、かれらにも真剣に目を向け始めたらとても時間が足りない。
魚を手に写真を撮っていると、眼下の砂地がひらりと動いたように見えた。目を凝らすと対称をなす背鰭と臀鰭が見える。トゲダルマガレイの子(?)だった。
外縁近くに到達。いつもはここから深みに向かって釣りをするけれど、今回は道具もない上に既に潮が満ち始める時刻になっている。早くもじわじわと水面が広がるのを見て引き返した。
帰路も何度か生き物に気を取られて方角を失い、かすかに浮かぶ山影と波の音を頼りつつ陸を目指した。懐中電灯の光が砂浜に届いて白く照り映えるところまで来てようやく全面的に安心する。
ひとつ間違えば泳ぐ羽目になる……ほど深い場所を越えているわけではないし、潮位的にも危ない冒険はしていない。それでも絶えず心の中で小さく鳴るアラートとうっすらの不安、それらが自分の身体性を呼び起こすとともに、多少なりともこの夜の海の一部になる実感を与えてくれる。
まだ2月半ばと3月頭の干潮にそれぞれチャンスがあるけれど、今回ほどには潮位が下がらない。これが今シーズン最初で最後だったかなと思いつつ、満足して引き上げた。
(おわり)