置き去りの糸

置き去りの糸


年に何度か立ち寄る川岸に降りてみると、対岸から張り出した木の枝に鳥の死骸がぶら下がっていた。釣り糸が巻きついており、首の羽毛が掻き毟ったように逆立っている。
対岸はいかにも魚が潜んでいそうな木陰。そこを狙って投げたルアーか仕掛けが枝に引っかかり、切れたまま置き去りにされた糸が鳥を絡め取ってしまったようだった。

釣り人の腕はともかく、心がけにまで難があったとはこれだけでは言い切れない。いつもはミスせず糸も残さない人がたまたま「らしく」ない失敗をして、そこに運悪く鳥が行き当たったのかもしれない。
この眺めを見過ごせるほど感度不足ではないけれど、かと言って「犯人」や釣り人一般にただ憤慨するほどナイーブでもない。水の中であれ外であれ仕掛けを失った経験にはいくらでも思い当たるし、仮に釣りをしなかったとしても自分の手を離れた人工物が生き物を傷つけたことなど一度もないと言い切るのは難しい。
今回はたまたま刺激的な光景として目の前に現れただけのことで、これと似たようなことは常時無数に起こっている。そしてそのいくらかには自身もどこかできっと関与している。

自分は下手を自覚して冒険的なキャストをしないように。仕掛けが切れた後も回収を諦めず、誰かのごみもポケットにしまうようにと戒めながら、足下に打ち捨てられていた糸をぐるぐる巻いて持ち帰った。その戒めもどうせ何度でも忘れるだろうから、言葉にしてここに残しておくことにした。

(おわり)