三陸を旅する:2.陸前高田の震災遺構

三陸を旅する:2.陸前高田の震災遺構


1.気仙沼の街並み 編から続く)

2日目、博物館のある陸前高田市に向かいました。
気仙沼→陸前高田→大船渡と、リアス式海岸の凹部ごとに栄え、震災のニュースで何度もその名を見聞きした主要市街を三陸自動車道が繋いでいます。

ナビに従って進んでゆくと、右手の開けた土地にポツンと立つ木が目に入りました。あれが「奇跡の一本松」かと、博物館の前にそちらへ寄り道することにしました。

重い曇天と大きな防潮堤を背にポツンと立つ姿を前にすると、奇跡という言葉の意味が伝わってくる気がします。震災後まもなく枯死してしまったとの報道には覚えがありましたが、その後防腐処理を経て金属の支柱を通され、枝葉部分は複製されて人工物とのハイブリッドとなっていることは今回初めて知りました。

近づくとそばに全壊した建物の姿が見えます。一本松と同じく震災遺構として保存されている陸前高田ユースホステルで、松が倒れなかった理由のひとつにはこの建物が津波の勢いを遮ったということがあるそうです。すくっと立つ松は象徴的で心を打ちますが、目はユースホステルの生々しさの方により奪われます。

陸前高田ユースホステル

気仙川をはさんだ対岸には旧・気仙中学校。これも震災遺構です。
卒業式に向けて体育館での合唱練習中に地震が発生。生徒と職員の皆さんは全員ご無事だったそうですが、体育館は流失し校舎は屋上まで水没しました。

旧・気仙中学校
屋上に「津波ここまで 14.2m」とサインが設置されています。
この空間のすべてを満たした津波の質量。改めて絶句する思いです。

さらに震災遺構をもうひとつ、下宿定住促進住宅を見学しました。5階建てのうち、津波が達した4階までは打ち抜かれ、家具や建具が残骸となって引っかかった姿のまま保存されています。

下宿定住促進住宅
ここにも「津波ここまで 14.5m」のサイン。

いくらショックを受けようとも、周辺は既に整備され震災直後の惨状とは比較するべくもありません。
それでもこれまで直接見知らずにいた爪痕に衝撃を受けつつ、博物館に向かいました。

3.陸前高田市立博物館 編へ)