三陸を旅する:1.気仙沼の街並み

三陸を旅する:1.気仙沼の街並み


三陸を旅してきました。

主たる目的は2022年11月5日に再建オープンしたばかりの陸前高田市立博物館でした。
2011年3月の東日本大震災による津波で建物が全壊し、膨大な収蔵品が損傷・流失しましたが、このたび姉妹館「海と貝のミュージアム」と統合されつつ再建されました。

その中の一室、「奇跡の海 三陸」コーナーに500種の私の絵をお使いいただいており、その様子を見に行くというのがこの度の大きな楽しみでした。
ですが結論を先に言うと、震災以降、結局一度も訪れることのなかった三陸の地に足を踏み入れて、本来この絵に取り組む間に感じ、考えるべきであったことを何もかも取りこぼしたまま今日を迎えた自分を恥じ、悔いることになりました。

1.気仙沼の街並み編
2.陸前高田の震災遺構
3.陸前高田市立博物館

* * *

11月6日まで東京・銀座で開催していた作品展の撤収をその夜のうちに終え、翌日「やまびこ」に乗って岩手県の最南端一関市に向かいました。
一ノ関駅に着いたのが15時過ぎ、既に太陽は傾いてホームに長い影が伸びています。空気も光も、石垣はおろか東京とも随分異なるように感じ、この景色を残しておきたいと何枚も写真を撮りました。海外の街に降り立ったときの気持ちに似ていました。

そこからレンタカーで東進して宮城県気仙沼市へ。道沿いにハッとするほど真っ赤に紅葉した木が立っていたり、紙吹雪のように舞い落ちる落ち葉の中を走ったり、ここははっきりとした「冬」に備えて生きる場所なんだということを感じました。前方から上がる冴え冴えと白く大きな月にため息を吐きながら、日が暮れた頃に気仙沼のホテルに到着しました。

夜、近くの居酒屋へ。
港がきれいにライトアップされていました。あまり見かけない眺めです。一瞬何かの催しかと思ったのですが、人の気配はありません。

港だけでなく、周辺の通りにもキラキラとした電飾がかかっています。道幅は広く、建物は揃ってどことなく直線的でほころびがなく、比較的最近の同時期に同素材で生まれたきょうだいのような印象です。そこでようやく、それらが震災の後に作られたものだという当たり前のことに気が付きました。そして電飾は、勝手な想像に過ぎませんが人々がそこに暮らす証のようなものなのかと。

大学生の頃、初めて一人暮らしのガランとした部屋で過ごして気がついたのは、実家に溢れる「雑多な痕跡」の多さでした。旅行に行くたびに買うので何本もある木彫り細工付きの耳かき、壁に貼られたシールや刻まれた身長の線、いつもたいてい少し遅れて仕舞われるクリスマスツリー。雑然としてはいるけれど、家族とそこに関わる人々が重層的に時間を重ねてきた証です。

街の規模で何十年と積み重ねてきたそれが、震災によって根こそぎ失われてしまった。もちろん、住む方々に聞いてみなければ分からないしその中でも感じ方は一人一人違うはずだし、何より旅行者の無責任な感傷含みであることは間違いありませんが、とにかく私にはその電飾が、新たな積み重ねへの意思や、あるいは人の心にあって失われていないものを示す証のように尊く見えたのでした。

居酒屋のカウンターには「負けないぞ気仙沼」だったか「頑張ろう気仙沼」だったか、札のかけられたお酒の壷。
それを眺めながら食事をし、その後は港の周辺をぐるりと回ってホテルに戻りました。

気仙沼と言えば、の「モウカの星」=ネズミザメの心臓。美味しかったです

2.陸前高田の震災遺構 編へ)